6/08/2009

Steve Goodmanレクチャー・サマリー : 02: Audio Virology and Unsound System

去る5/28に行われたSteve Goodman aka Kode9によるレクチャーのサマリー後半(2/2)です。いよいよ彼の渾身のコンセプトである"Unsound"、そしてそれに基づくサウンドアート作品"Unsound System"へ、レクチャーは核心へ迫って行きます。


Audio Virology : オーディオ・ウィルスの生態学

Audio Virology (オーディオ・ウィルスの生態学)あるいはAffective Contagion (情動の感染)というコンセプトを説明するのに最適なのは、
コマーシャル・ジングルやMuzak (ショッピングモールや公共空間などにおける人畜無害なBGM)などといったSonic Brandingの事例だろう。これらの音響の商業的利用の技術の中でも、もっとも先鋭化した表現形式が視覚的なロゴの等価物としてのSonic Logoだ。ソニックロゴ/サウンドロゴは明確で、小さくて、容易に記憶出来るほど効果的になる。たとえば欧米において最も成功している例はIntel社のサウンドロゴで、これはたった三つの音高から成り立っていて、非常にコンパクトで伝播性の高いものになっている。


(訳者によるリンクです。 this vid is not refered by Goodman at the lecture)

このIntelのサウンドロゴは、マーケティング用語で言うところのEarWormという概念の忠実な実践例と言える。Ear Wormとはドイツ語で慣用的に用いられる"ohrwurm"(直訳すると「耳の虫=ear worm」)に由来する語で、シンシナティ大学のJames Kellarisらによって詳細な検討が加えられているように、ある音(もしくはその断片)を生物学的なウィルスの音響的等価物と見なす仮説である。

このEar Wormへの感染がもたらす代表的な症候が、
Cognitive Itches (あるメロディやフレーズの断片、言葉その他のEar Wormが頭に貼り付いて心理的な「痒み」が取れなくなり、それを取り去ろうとしても逆に症状がひどくなってしまう)や、Stuck-Tune Syndrome (集中力がもてなくなるほどにある曲が頭から離れなくなってしまう)など。もちろんこれらの症候を引き起こせるかどうか=Ear Wormを撒種出来るかどうかがポップミュージックの商業的な成功にとって重要な要素になってくる。

その意味で、現代のポップソングの制作過程はもはやサイエンティフィックなEar Wormの工学的精製過程とも言えるほど高度化された作業になっている。(「ちなみに最近僕の頭から離れないのはKylie Minogue。Kylie Minogueはマジで強力なEar Wormだと思うし、プロダクションチームもかなりそれを意識して作ってると思う」とGoodman。Kylieにはズバリ"Can't Get You Out Of My Head"という曲もありますね)。言うまでもなく、このようなEar Wormの撒種をめぐるマイクロポリティクスは20世紀以降、ポップミュージックに彩られるTVコマーシャルを通じた大衆的消費文化、そして音楽文化消費そのものの一つの駆動力であり続けている。



(これも訳者リンク。 this one is not also used in the lecture.)

また、感染した人の記憶を宿主として、彼女/彼がそれを口ずさんだり音に変換することによって複製されていくというような複製性/伝播性もEar Wormのもつ性質の一つとされる。「盛り上がっていないクラブのフロアで一人踊り狂っているクレイジーなヤツが居ると、その周囲に居る人にも形を変えてどんどん伝播していって、あるレベルに達すると集団的なダンスのアウトブレークが発生する」というように、ダンスホールにおけるダンスの伝播などもこのEar Wormに似た複製/伝播をみせる現象だと言う。

multiple meanings of "Unsound" :
 "Unsound"に込められた複数の意味


今回のレクチャーの中で最も重要な概念が"Unsound"だろう。Goodmanは"unsound"という語に二つ(以上)の意味を込めている。まず第一に、英語の慣用的な言い回しとして、unsoundという単語は「悪い」というニュアンスの形容詞としても用いられる(逆にsoundと言えば「首尾の良い」というほどの意味)。よって"Sonic Warfare"における"unsound"には「政治的に悪い音響の動員(politically suspicious uses of sound)」という意味が含まれている。

また同時に、この言葉は
「(無)音あるいは聴取不可能な音 (almost no sound / inaudible sound)」という豊かな領域にも開かれている。繰り返しになるが、軍事的用途/警察による治安維持/環境管理目的での音響利用の研究と実装の文脈では、Mosquitoなどにも見られるように、しばしば超高周波(hyper-sonic : 超音波)や超低周波(infra-sound)など、物理的にほとんど聴取不可能な音の領域での周波数の動員が行われている。従来の映画館やホームオーディオなどで用いられるサウンドシステムでは通常これらの周縁的な音(peripheral sound)を度外視して可聴範囲内の音にフォーカスを合わせたチューニングがなされてきたが、このような知覚的に不可視(invisble)かつ可聴不可能(inaudible)な音の脳における反応の研究が学術的/応用的な領域でも進んでおり、このような「聴こえ」の外での身体的影響、情動のモジュレーションを可能にするような音響装置のインストールも今後増えてくると考えられる。

そして最後に、アーティストやミュージシャンらによって開拓されるべき
「未だ聴かれざる音、潜在的な音楽、未来に開かれた音としての"unsound"」が提示される。これは可聴範囲内の音を用いたある特定の音の配列、複数の音の共鳴などの中に、本来そこには存在しないはずの音の聴取の経験と新たな美学的経験を生み出す可能性を見出すというものだ。この概念は20世紀初頭の未来派からジョン・ケージ、そして現代のさまざまなサウンドアート/音楽に至るまでの連綿たる試みの中に位置づけられることになるだろう。

以上のように"Sonic Warfare"では"Unsound"という語によって以下の2つ以上のテーマが扱われることになるが、これらすべてが分かち難く関連し合った概念がSteve Goodmanの"Unsound"だと言えるだろう。

Unsound System

















("Unsound System"のコンセプト/システム構成を解説する)


レクチャーの最後に、今年3月にベルリンのDie Akademie der Künsteにて展示された、彼も参加するサウンドアート・ユニットのAudintによるインスタレーション"Unsound System"を紹介。"Unsound System"は13chのそれぞれ特性の異なるスピーカーで構成されるサウンドシステムで、レクチャーを通じて説明された"Unsound"のいくつかの様態を一つの空間に再現する作品だと言える。

中央のサブウーファーからは40Hzから徐々に超低周波(可聴範囲外の低周波=振動)へとフェードアウトしていくサインウェーブ、オーディオ・スポットライトとも呼ばれるホロソニック技術を用いた超指向性スピーカーによる超高周波の出力(空間的/位相的なUnsound?)、別のスピーカーからは"地獄の黙示録"や"Wandering Souls"などから参照されたフッテージ、超高周波や超低周波などの身体への影響などの科学的な音声解説などが出力される。

特にオーディオ・スポットライトの技術動向には関心をもっているらしく、米軍によるLRAD(Long Range Acounstic Device : 特定のダイレクションのみに大音量の耳障りな音を照射して目標の動きを封じる装置。戦地以外でも、デモの現場における放水に代わる統治技術として用いられる)の開発と使用や、屋外でのオーディオスポットライトを用いた広告情報の個人へのダイレクトなインプラントなどの事例に言及しつつも、実際作品に応用した際には超指向性スピーカーの音が空間の反響によって意外拡散してしまったりと、「マーケティングハイプが吹聴してるほどにはうまく機能しなかった」という点も興味深かったとのこと。


(訳者リンク)


以上5/28 Steve Goodman aka Kode9オープン・レクチャーのレポートでした。

Kode9は日本の後、北京、天津を回り、週末に上海でDJをやってロンドンに戻ったみたいです。今年の秋には自身のリリースをまとめてアルバムもリリース予定とのこと(訂正:レーベルからのリリースをまとめた5周年記念VAアルバム"5"と収録作品からのヴァイナルカットをそれぞれリリースしています。詳細はhttp://www.myspace.com/hyperdub)。ちなみにこの企画とは直接関係ありませんが、今回来日時のインタビューがそのうちremixに掲載されるらしいので要チェックです。もちろん今回話してくれた"Sonic Warfare"もお忘れなく!