6/30/2009

Translating "Remix" by Lawrence Lessig : Girl Talk part

別のところでちょっと話に出ていたので、ローレンス・レッシグの"Remix"から、Girl Talkに関するパート(PDFバージョンでP35からP39まで)を抜き出して簡単に訳してみました。まだ"Remix"全体を通して読んでないので全体の文脈との齟齬や事実誤認もあるかも知れないですが、何かのお役に立てばと思います。

"Lawrence Lessig : Remix -Making art and commerce thrive in the hybrid economy"


Lawrence Lessig / CC BY-NC 3.0

(...)
Gregg Gillisはピッツバーグ出身の25歳で生物医学のエンジニアだ。彼はまた、"mash-up"あるいは"remix"と呼ばれる、ここ最近盛り上がりを見せている音楽ジャンルにおいて最も注目を浴びる新進アーティストの一人でもある。Girl Talkというのが彼のワン・マン(プラス、ワン・マシーン)バンドの名前だ。Girl Talkはこれまでに三枚のCDをプロデュースしており、その中でも2006年度にRolling StoneやPitchforkなどで年間ベストの一つに選ばれた"Night Ripper"がもっともよく知られている。2007年の三月には米議会にて、「地元の青年がよくやっとりまっせ」ということで、民主党の下院議員Michael DoyleがGirl Talkの新しいアートのかたちを賞賛した。



「新しい」というのも、本質的にGirl Talkの音楽とは他のアーティストから引っ張って来た大量のサンプルのミックスのことだからだ。たとえばアルバム"Night Ripper"では、167組のアーティストからサンプリングした200から250ぐらいのネタをリミックスしている。「一例を挙げてみるとですね」ドイルは議会での報告を続ける。「(Girl Talkは)Elton JohnにNotorious B.I.G., それにDestiny's Childをそれぞれ30秒ほどずつの長さで混ぜ合わせているのです。」ドイルはおらが町の英雄を誇りに思っているようだった。「まあみなさんここは一歩引き下がってですね、」この新しいアートのかたちをよく見るようにとドイルは同僚の議員たちに呼びかける。「おそらくマッシュアップは今まさに変化の過程にある新しいアート、消費者の経験を拡張するようなアートなのではないでしょうか。そしてそれは他のアーティストがiTunesやCDショップに商品を置くこととも競合しないものと思われます」

このドイルの発言が燃料として投下されたことで、Girl Talkに対して一勢にメディアの注目が集中することになった。しかしそれは一方で、Girl Talkの音楽のディストリビューターたちの間に不安を覚えさせることにもなった。たとえばもしあなたがアメリカのどこかのレーベル専任の弁護士に届け出さえすれば、彼もしくは彼女は速やかにオノ・ヨーコ化(訳注 : この章の前の部分で出てくる議論に関係する)するだろう。「許諾が、法的に、不可欠なのよ。(Permission is vital, legally.)」と。つまりGillisが実践していることを法律に鑑みると、Girl Talkの音楽は犯罪行為なのだ。Appleは"Night Ripper"をiTunes Music Storeからはじき出したし、eMusicはそれより数週間前にすでに同じことをやってのけていた。あるCD制作会社に至ってはCDをプレスすることすら拒否したぐらいである。

Gillisは15歳のときから音楽をつくり始めた。地元のラジオ局から流れてくる実験的な電子音楽を聴きながら、「ボタンを押したりペダルを踏んだりしてノイズを出して、それを人前でライブとして演じてるような人たちの世界を見つけちゃったんです。」「もうほんとブッ飛びましたよ。マジで。」とGillisは語ってくれた。彼は16歳のときには「ノイズバンドを組んでましたね。ノイズっていうのは、その、ものすごく、アヴァンギャルドな音楽なんですけど...」

その後数年にわたって、「前衛」の場所はアナログからディジタル - すなわちコンピュータへと移行する。ワンマンバンドGirl Talkは2000年の後半に、大学生活のために購入したToshibaのマシン上で結成された。Gillisはこのマシンに大量のオーディオ・トラックとループをロードし、Audio-Mulchというソフトを使って、パフォーマンスのためにトラックをツギハギしたりリミックスしたりした。私はGirl Talkのライブを見たことがあるが、録音物としてのリミックスと同じくらい素晴らしい演奏だと思った。

当時GillisのGirl Talkとしての人生は始まったばかりだったが、早くも法的な問題の影が彼に迫っていた。彼のような創造性のあり方が法律にあまり歓迎されていないことはGillisも認識していたことだ。以前彼がこう言ってくれたことがある。「全然怖がっていたわけじゃないんです... そりゃまあちょっと無邪気過ぎたとは思いますけど、でもこんなこと日常的にみんなやってるわけじゃないですか。それにほんの少しの枚数のアルバムしか売るつもりがなければ、誰もそんなことに気づくとは思いませんよね。」しかしもちろん、人々が「気づいてしまった」有名なケースは過去にもいくつかあるのだ。たとえば本書で後に詳しく述べるNegativelandがU2とAmerican Top 40のパーソナリティーCasey Kasamとの間に構えた有名な訴訟沙汰では、彼らがU2のネタをリミックスした録音物をKasamが番組で紹介したことによってNegativelandは権利者と争うことになってしまった。
(訳注 : http://www.wired.com/wired/archive/3.01/negativland_pr.htmlなどに詳しい)

Gillisもこのケースのことを知っていた。でも彼が私に説明するのを聴いていると、かつて私が「法律とは美しく記述された正義であるべきだ」ということを純粋に信じていた頃のことを思い起こさせる。

「僕は今でも、そのとき感じていたのとまったく同じように感じてますよ。倫理的に言えば、音楽は誰も傷つけてなんかいないと僕も思う。それに誰一人として、(僕がネタをサンプリングしてる)誰かのCDの代わりに僕のCDを買ったりするわけじゃないし。それに...明らかにこの行為はマーケットには影響を与えませんよ。これはブートレグの問題とは違う。もし誰かが本当に問題を抱えてるって言うのなら止める事だって出来ましたけど、僕には誰かがどうしてもそうしなくちゃならない理由なんてわからなかった。」

なぜ誰かが「そうしなくてはいけなかったのか」というのは私にも答えられない問いだった。だが誰かがそのために動いたというのは明らかに予測がつくところだ。この「問題」はダイレクトにではなく、間接的なかたちで浮上してきた。Girl Talk本人に対して訴訟を持ちかけるのではなく、iTunesや他のディストリビューターに指示して彼の作品の配信を停止し、この素晴らしいアーティストと、彼のアートの形態が日の目を見ないようにしたのだ。Girl Talkの「問題」はGirl Talkの成功を閉ざしてしまうことによって「解決」されてしまうだろう。ピッツバーグで、そしてあらゆるところで彼の作品への需要を萎えさせてしまえば彼の提起した「問題」はどこかへ行ってしまうだろうというやり方だ。

Gillisもこの問題がどこかへ行ってしまったということには同意しているが、それはまた全く別の理由においてである。彼自身が私に言ってくれたことによれば、Gillis自身がうまくやれたのだから、すぐに誰もがみな同じことをやることになるだろう。少なくとも、音楽に情熱をもつ人たちはみんな。あるいは、少なくとも、音楽に情熱をもっていて、30歳より若い人たちはみんな。

「僕たちはリミックス・カルチャーの中に生きてるんです。いまの盗用の時代では、その辺にいる小学生の子供ですらフォトショップのコピーを持ってて、ジョージ・ブッシュの画像をダウンロードして顔にいたずら描きをして友達同士で送り合ったりしている。彼らは本当にそういうことをやってるんです。沢山のひとたちが、みんなが曲のリミックスをしてるってことに気づいてきている。ラジオでかかるようなトップ40に入るヒット曲の一曲残らず若い子たちは拾い集めてリミックスしてるんですよ。そのためのソフトウェアもどんどん操作が簡単になってきてるし。あらゆるコンピュータにそういうソフトがインストールされている様はどんどんフォトショップに似て来てますよ。リリースされるPuff Daddyのすべての曲はティーンのガキたちにリミックスされて、ネットにアゲられてるんです」

「でも、なんでこれは良いことなの?」と私はGillisに問いかけてみた。

「こういう動きが良いと思うのは、本質的に、これがまさにフリー・カルチャーだからだと思います。アイデアがデータに出会い、操作され、処理されて、他の誰かに渡されていく。誰もが自分の好きな音楽に参加することが出来るというのは、クリエイティブなレベルでも素晴らしいことだと僕は思っています。伝統的な意味でのミュージシャンである必要は全然ない。一生のうちに一度もギターの練習をしたこともないような人たちから提供されるネタと、生き生きとしたアイデアを得ることが出来ればね。僕は、これは音楽にとって素晴らしいことだと考えていますよ。」

そしてGillisは音楽産業にとっても、これは良いことだと信じている。「経済的な観点からしても、これこそが音楽産業が将来的に生き延びる方法だと思いますよ... こんな感じの、過去のたくさんのアルバムとのインタラクティビティっていうやり方が。プロダクトとしてというよりも、ゲームみたいなもんだと思ってやればいいんですよ。」

Gillisが最後に指摘したポイントは、彼がこのように振る舞っている理由ではなく、実践するための方法に関するものだ。あるいは、この世代の行動論とも言うべきだろうか。「法律家とか歳のいった政治家とかはみんな、この現実に直面させられてるんです。みんなこうやって音楽をつくっていて、ほとんどの音楽は過去のアイデアに由来するものなんだっていう現実に。それにほとんどのポップ・ミュージックは他の人たちの音源素材から出来てるんです。そしてそれは別に悪いことでもなんでもない。そのせいでオリジナルなものをつくれないというわけじゃないんです。」

これらのやり方では、少なくとも今現在は、合法的なコンテンツをつくり出すことは出来ない。現状がどんどん食い違っているにも関わらず、未だに「許諾が、法的に、不可欠なのよ。("Permission is vital, legally,")」
(...)

(translated by h4nz)


6/08/2009

Steve Goodmanレクチャー・サマリー : 02: Audio Virology and Unsound System

去る5/28に行われたSteve Goodman aka Kode9によるレクチャーのサマリー後半(2/2)です。いよいよ彼の渾身のコンセプトである"Unsound"、そしてそれに基づくサウンドアート作品"Unsound System"へ、レクチャーは核心へ迫って行きます。


Audio Virology : オーディオ・ウィルスの生態学

Audio Virology (オーディオ・ウィルスの生態学)あるいはAffective Contagion (情動の感染)というコンセプトを説明するのに最適なのは、
コマーシャル・ジングルやMuzak (ショッピングモールや公共空間などにおける人畜無害なBGM)などといったSonic Brandingの事例だろう。これらの音響の商業的利用の技術の中でも、もっとも先鋭化した表現形式が視覚的なロゴの等価物としてのSonic Logoだ。ソニックロゴ/サウンドロゴは明確で、小さくて、容易に記憶出来るほど効果的になる。たとえば欧米において最も成功している例はIntel社のサウンドロゴで、これはたった三つの音高から成り立っていて、非常にコンパクトで伝播性の高いものになっている。


(訳者によるリンクです。 this vid is not refered by Goodman at the lecture)

このIntelのサウンドロゴは、マーケティング用語で言うところのEarWormという概念の忠実な実践例と言える。Ear Wormとはドイツ語で慣用的に用いられる"ohrwurm"(直訳すると「耳の虫=ear worm」)に由来する語で、シンシナティ大学のJames Kellarisらによって詳細な検討が加えられているように、ある音(もしくはその断片)を生物学的なウィルスの音響的等価物と見なす仮説である。

このEar Wormへの感染がもたらす代表的な症候が、
Cognitive Itches (あるメロディやフレーズの断片、言葉その他のEar Wormが頭に貼り付いて心理的な「痒み」が取れなくなり、それを取り去ろうとしても逆に症状がひどくなってしまう)や、Stuck-Tune Syndrome (集中力がもてなくなるほどにある曲が頭から離れなくなってしまう)など。もちろんこれらの症候を引き起こせるかどうか=Ear Wormを撒種出来るかどうかがポップミュージックの商業的な成功にとって重要な要素になってくる。

その意味で、現代のポップソングの制作過程はもはやサイエンティフィックなEar Wormの工学的精製過程とも言えるほど高度化された作業になっている。(「ちなみに最近僕の頭から離れないのはKylie Minogue。Kylie Minogueはマジで強力なEar Wormだと思うし、プロダクションチームもかなりそれを意識して作ってると思う」とGoodman。Kylieにはズバリ"Can't Get You Out Of My Head"という曲もありますね)。言うまでもなく、このようなEar Wormの撒種をめぐるマイクロポリティクスは20世紀以降、ポップミュージックに彩られるTVコマーシャルを通じた大衆的消費文化、そして音楽文化消費そのものの一つの駆動力であり続けている。



(これも訳者リンク。 this one is not also used in the lecture.)

また、感染した人の記憶を宿主として、彼女/彼がそれを口ずさんだり音に変換することによって複製されていくというような複製性/伝播性もEar Wormのもつ性質の一つとされる。「盛り上がっていないクラブのフロアで一人踊り狂っているクレイジーなヤツが居ると、その周囲に居る人にも形を変えてどんどん伝播していって、あるレベルに達すると集団的なダンスのアウトブレークが発生する」というように、ダンスホールにおけるダンスの伝播などもこのEar Wormに似た複製/伝播をみせる現象だと言う。

multiple meanings of "Unsound" :
 "Unsound"に込められた複数の意味


今回のレクチャーの中で最も重要な概念が"Unsound"だろう。Goodmanは"unsound"という語に二つ(以上)の意味を込めている。まず第一に、英語の慣用的な言い回しとして、unsoundという単語は「悪い」というニュアンスの形容詞としても用いられる(逆にsoundと言えば「首尾の良い」というほどの意味)。よって"Sonic Warfare"における"unsound"には「政治的に悪い音響の動員(politically suspicious uses of sound)」という意味が含まれている。

また同時に、この言葉は
「(無)音あるいは聴取不可能な音 (almost no sound / inaudible sound)」という豊かな領域にも開かれている。繰り返しになるが、軍事的用途/警察による治安維持/環境管理目的での音響利用の研究と実装の文脈では、Mosquitoなどにも見られるように、しばしば超高周波(hyper-sonic : 超音波)や超低周波(infra-sound)など、物理的にほとんど聴取不可能な音の領域での周波数の動員が行われている。従来の映画館やホームオーディオなどで用いられるサウンドシステムでは通常これらの周縁的な音(peripheral sound)を度外視して可聴範囲内の音にフォーカスを合わせたチューニングがなされてきたが、このような知覚的に不可視(invisble)かつ可聴不可能(inaudible)な音の脳における反応の研究が学術的/応用的な領域でも進んでおり、このような「聴こえ」の外での身体的影響、情動のモジュレーションを可能にするような音響装置のインストールも今後増えてくると考えられる。

そして最後に、アーティストやミュージシャンらによって開拓されるべき
「未だ聴かれざる音、潜在的な音楽、未来に開かれた音としての"unsound"」が提示される。これは可聴範囲内の音を用いたある特定の音の配列、複数の音の共鳴などの中に、本来そこには存在しないはずの音の聴取の経験と新たな美学的経験を生み出す可能性を見出すというものだ。この概念は20世紀初頭の未来派からジョン・ケージ、そして現代のさまざまなサウンドアート/音楽に至るまでの連綿たる試みの中に位置づけられることになるだろう。

以上のように"Sonic Warfare"では"Unsound"という語によって以下の2つ以上のテーマが扱われることになるが、これらすべてが分かち難く関連し合った概念がSteve Goodmanの"Unsound"だと言えるだろう。

Unsound System

















("Unsound System"のコンセプト/システム構成を解説する)


レクチャーの最後に、今年3月にベルリンのDie Akademie der Künsteにて展示された、彼も参加するサウンドアート・ユニットのAudintによるインスタレーション"Unsound System"を紹介。"Unsound System"は13chのそれぞれ特性の異なるスピーカーで構成されるサウンドシステムで、レクチャーを通じて説明された"Unsound"のいくつかの様態を一つの空間に再現する作品だと言える。

中央のサブウーファーからは40Hzから徐々に超低周波(可聴範囲外の低周波=振動)へとフェードアウトしていくサインウェーブ、オーディオ・スポットライトとも呼ばれるホロソニック技術を用いた超指向性スピーカーによる超高周波の出力(空間的/位相的なUnsound?)、別のスピーカーからは"地獄の黙示録"や"Wandering Souls"などから参照されたフッテージ、超高周波や超低周波などの身体への影響などの科学的な音声解説などが出力される。

特にオーディオ・スポットライトの技術動向には関心をもっているらしく、米軍によるLRAD(Long Range Acounstic Device : 特定のダイレクションのみに大音量の耳障りな音を照射して目標の動きを封じる装置。戦地以外でも、デモの現場における放水に代わる統治技術として用いられる)の開発と使用や、屋外でのオーディオスポットライトを用いた広告情報の個人へのダイレクトなインプラントなどの事例に言及しつつも、実際作品に応用した際には超指向性スピーカーの音が空間の反響によって意外拡散してしまったりと、「マーケティングハイプが吹聴してるほどにはうまく機能しなかった」という点も興味深かったとのこと。


(訳者リンク)


以上5/28 Steve Goodman aka Kode9オープン・レクチャーのレポートでした。

Kode9は日本の後、北京、天津を回り、週末に上海でDJをやってロンドンに戻ったみたいです。今年の秋には自身のリリースをまとめてアルバムもリリース予定とのこと(訂正:レーベルからのリリースをまとめた5周年記念VAアルバム"5"と収録作品からのヴァイナルカットをそれぞれリリースしています。詳細はhttp://www.myspace.com/hyperdub)。ちなみにこの企画とは直接関係ありませんが、今回来日時のインタビューがそのうちremixに掲載されるらしいので要チェックです。もちろん今回話してくれた"Sonic Warfare"もお忘れなく!

6/04/2009

Steve Goodmanレクチャー・サマリー : 01_Sonic Warfare and Micro Politics of Frequency

以下は5/28に行われたSteve Goodman aka Kode9によるレクチャーの同時録音を、テープおこしならぬWAVおこしして要約したものの前半(1/2)になります。当日の逐次通訳で損なわれてしまったニュアンスもなるべく再現するように心がけていますが、あくまでも完訳ではなく抄訳/要約になりますのであしからず。
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■ Introduction : "9 Samurai" by Kode9 & the Spaceape (Hyperdub, 2006)


近刊 “Sonic Warfare : sound, affect and the ecology of fear"に関して

過去数年間にわたって書き続けてきたこの本は、サウンドシステムが人々の情動を変調させる(modulations of the affect)ためにどのように用いられ、動員されるのか、別の言い方をすれば、端的に音が人々の感じ方をどう変えるのかということに関する事例を広汎に調査し、探究するものになる。

気分を変えるため一人で家で音楽を聴いてリラックスするというような個人の主体的な感情/ムードの調整のためだけではなく、より重要な点は、建築的な空間や都市空間における集合的な、いわば大衆的行動の操作や管理のためにも音楽、そしてより広く「音」は政治的なやり方で用いられるということだ。多様な音の用法の中でもとりわけ、好ましくない振動(bad vibes)を生み出し、人々を不快に感じさせたり、行動を矯正したりするような用法を本書では主に取り扱う。それは音をめぐるマイクロ・ポリティクス、あるいは情動のポリティクスとも呼ぶべきものになるだろう。


いくつかのキーコンセプト

"Sonic Warfare"
では多くの人々にとって馴染みのないいくつかの概念が使われるので簡単な説明が必要になるだろう。

まずタイトルでもある
"Sonic Warfare"について。これは後に紹介する映画"地獄の黙示録(Appocalipse Now)"のモデルとなったベトナム戦争時の米軍の"Wondering Souls"作戦、さらに遡れば第二次世界大戦中の音響カモフラージュの研究など、字義通りの音の軍事的利用は当然として、"Politics of Frequency"などのタームを用いて考える都市空間における日常生活の中での音響的な管理/周波数の動員などの総体を指す言葉でもある。

ラッパーやミュージシャンの歌詞やリリックのメッセージ内容の「政治性」よりも、むしろ意味性を介さずに、可聴範囲内/外の音を用いて人々の身体性に直接的に介入してくるような音の使用法こそが"(Micro)Politics of Frequency"とも言うべきものだ。

これらに付随する概念として、"Affective Tonality" (*訳注1) がある。映画音響、特にホラー映画においては、音響的なトーンのコントロールによって人々の情動に直接はたらきかけ、Affective Tonalityをデザインするようなことが日常的に実践されている。これは後の"Appocalipse Now(地獄の黙示録)"の映像/音響の構成を例にすると理解がしやすい。

(*訳注1 : affective tonalityには定まった訳語が見当たらないが、仮にthe Wire Magazine上でのKode9のインタビューにおける彼の言及を引用しておく。affective tonalityは認知科学などでも用いられるタームだが、この場合端的に「情動の調性」でも問題ない気もする。"So I was kind of interested in the way sound is used to change the way people feel particularly in relation to fear. It happens in film all the time, most obvious example, where a certain tonality, a certain musical tonality creates an affective tonality, or a mood or a vibe, in the audience. It’s the meat and potatoes of film sound design. Manipulating mood using tone.
")

このような音響技術の動員によって、
"Affective Contagion"、すなわち情動の感染ともいうべき事態があらわれてくる。いかに音の聴取によってもたらされた恐怖心や驚きなどのような感情が人々の間に拡がっていくのか。音響的な経験による集団の情動のモジュレーションを考える上で"Audio Virus"の振る舞いを観察・記述すること、つまり"Audio Virology"、オーディオ・ウィルスの生態学という視点が有効になる。

アナログ・ミュージックの伝統文化においても、古くからコードの転用などの技術的な側面に限らず、情動の感染とも呼ぶべき事態は観察された。しかし特に
サンプリング技術以降のディジタル・ミュージック・カルチャーにおいては、特定のブリープ音、ベースライン、声ネタなどが、あるファイルから別のファイルへと組み込まれていき、人々の聴取の対象として増殖していく。そしてmp3ファイルをはじめとするさまざまな音楽データがネットワークを介して転送されるとき、アップロードされた一つのオリジナル・ファイルがすぐに1500もの複製を生み出すことも可能であり、生物学的なウィルスと比較しても、限りない複製と加速された拡散が容易に可能である現在の環境は、Audio Virusにとって非常に伝播性の高いものになっていると言える。


"Appocalipse Now (地獄の黙示録)" Francis Ford Coppola, 1979



90年後半に"Sonic Warfare"というコンセプトを形成していくきっかけとなったのがフランシス.F.コッポラ監の"Appocalipse Now (地獄の黙示録)"における米軍による音響の軍事的利用のシーン。ラウドスピーカーを搭載したヘリコプターが轟音とともに現れ、熱帯雨林の村落で生活する人々の頭上に、全く彼らとは無関係な19世紀後半のクラシック音楽であるワグナーの"ワルキューレの騎行"が「爆撃」される。音響効果によって恐怖心をインプラントしている典型的なケースだ。

もちろんフィクションとして脚色されたものではあるが、これは監督の完全な創意というわけではない。このシーンのベースとなっているのは、実際にベトナム戦争の際に米軍が行った
"Urban Funk""Wandering Souls/Wandering Ghost"といった軍事作戦だ。この心理戦で米国空軍は森林に潜むヴェトコンに対して、戦場で殺された同胞のヴェトナム兵たちのさまよえる魂(wondering soul)が共産主義の思想を捨てて戦闘態勢を解除し、西側陣営へ投降するように諭すという内容の録音物を作り、実際にヘリコプターに積み込んだラウドスピーカーから照射した。この録音物には「投降せよ、さもなくばお前たちもすぐにこいつらと同じような寄る辺のない亡霊にしてやる」というニュアンスも含まれており、結果としてはヴェトコンは投降の呼びかけというよりも挑発として受け取ることになった(ここで作戦で実際に用いられたテープからのフッテージが流される。多重録音されたヴェトナム語の呼びかけや、合成された亡霊の声)。

次の事例は第二次世界大戦中の米陸軍第23特別部隊(通称Ghost Army)の記録映像。この特殊部隊はビジュアル・アーティストや音響アーティスト/無線技師などによって構成され、戦場における視覚的/音響的なカモフラージュの作戦を行っていた。たとえば実際に戦地でのタンクの進軍や砲弾の発射その他の活動を録音し、それらをミックスアップすることで目的に応じた音響的状況のレコードを作成して(レクチャーで紹介されたフッテージでは三台のターンテーブルで同時に異なる録音をミックスするという
Christian Marclayもびっくりの光景が!)、最大15マイル先まで音が到達する特殊なラウドスピーカーで照射することによって、あたかも実際にその出来事が起こっているかのような心理的な効果を生み出し、敵軍を撹乱することに用いていた。このようなSonic Weaponの事例は、先のイラク戦争におけるLRAD(Long Range Acoustic Devices)の使用などにも見られる。

Politics of Frequency

以上のような字義通りの戦争への音響兵器の動員のリサーチを経て、Steve Goodmanの関心は日常の都市空間における
市街地戦=音響をめぐるマイクロ・ポリティクスへと向かう。たとえばその一つの局面が、先日東京都足立区も区立公園の夜間の管理に採用したMosquitoである。もともとはネズミなどの害獣除けのために開発された技術だが、ほとんどの人が不快に感じる8K(8000)Hzから、20代前半までの若者にしか聴こえないとされる17KHz以上の高周波の発信音を選択的に用いることで、目的に応じた年齢層に対して音響的な撃退効果を発揮する装置としてこの数年間でUKからアメリカ、イスラエル、そして日本でも商業的に成功している環境管理型音響装置である(「Mosquitoは本来動物駆除用につくられたものだけど、いまやその動物とはティーンエイジャーに他ならない。」レクチャー会場ではここで、8000Hzから22,000Hzまでのサインウェーブを段階的に鳴らしてみる)。

この装置の使用に関するポリティカリー・コレクトネスに関してはひとまず措くとしても(この点は後に"Unsound"という概念で再考される)、ひとつ面白い現象として紹介したいのは、イギリスの学校の教室で、子供たちが授業中に彼ら同士のあいだでテキストメッセージを交換するときに、メッセージ着信の呼び出し音(ring tone)をこのMosquitoで用いられるような高周波に設定してやりとりすることで、教師にその音/コミュニケーションのサインに気づかれることなくコミュニケートしているというものだ。子供たちはMosquitoという装置の基礎となっている現象とその技術的実装(軍事力/警察力/コントロールの技術としての高周波)の本来の用途を換骨奪胎し、彼ら自身のコミュニケーションという目的のために最適化(reappropriate)してしまっている。

MITからの"Sonic Warfare"の中では、アーティストやミュージシャンによるこのような、政治的な文脈から芸術的な文脈への音響装置/音響の動員の技法のreappropriationについても扱うことになる。詳細は次回に述べるが、彼の関わったサウンドアート作品"Unsound System"もそのようなパースペクティブで理解されるべきだろう。

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次回、レクチャー後半の抄訳/要約として"02: Audio Virology and Unsound System"をアップしますのでしばしお待ちを。

6/02/2009

Kode9 @ Module, Shibuya

















Kode9 Returns to the planet UK

It was a total Contagion to the Afrofuturistic Ear Worms.
Thank you Steve for everything!
We are waiting for your next Visits to the Planet Japan someday..

5/29/2009

Steve Goodman aka Kode9 レクチャー無事終了

*通訳と進行に集中してたから全然写真撮ってない... 誰か持ってたら送ってくだされ。


Steve Goodman aka Kode9 レクチャーその後

Steve Goodman公開レクチャー無事終了しました。直前の告知にも関わらず、あいにくの雨で足下の悪い中参加して下さったみなさま、どうもありがとうございました。

20日ほど前からKode9と連絡を取り始め、何とか公開レクチャーにするべく単独ゲリラ的に調整を行っていたら学校のスタッフに睨まれ(笑)、途中土壇場での日程の変更もはさみながら、何人かの方々にヘルプをいただきつつ公開レクチャーとして告知を打てた頃にはすでに予定日の3日前になっていました。それでも思いのほかフィードバックも沢山いただき、kode9/Steve Goodmanの活動への関心の高さに驚きました。

当日は本人の希望もあり、急遽僕の逐次通訳つきという形で変則的に進行しました。英語だけだとちょっと... ということで辞退された何人かの方々には申し訳ないですが、より伝わりやすくするためにと当日話し合った上での判断だったので、ご理解いただければと思います。

レクチャーではMIT Pressからの近刊"Sonic Warfare"でキーとなるコンセプトを軸に話してもらいました。米軍による実際の音響兵器の使用のドキュメンタリー映像(第二次大戦中にアメリカ陸軍23部隊で実際に行われていた、オーディオ・アーティストたちを動員した音響的カモフラージュ効果の研究事例など)や『地獄の黙示録』などの映画音響のリファレンス、米軍の"Wandering Souls"作戦(ベトナム戦争時にベトコンを降伏させるために、資本主義側についた民族同胞の「亡霊の声」をヘリコプターに搭載したラウドスピーカーから森林地帯へと照射する作戦)などの貴重なテープ音源や、最近東京都足立区が採用したことでも(悪)名高い音響環境管理装置Mosquitoの紹介として8000Hzから22000Hzまでの周波数のサインウェーブなども交えつつ展開し、最後には彼自身の関わるサウンドアート集団Audintの作品"Unsound System"の紹介もしてくれて、非常に充実した内容で楽しんでいただけたのではないかと思います。間違いなく僕が一番楽しんでいたとは思いますが。

本人の了解を得たので、今後レクチャー内容は随時このブログで翻訳・紹介していこうと思います。

改めて、今回の話の軸になったKode9ことSteve Goodmanの数年越しの労作"Sonic Warfare : sound, affect and the ecology of fear" は米MIT Pressより11月刊行です。ぜひチェックしてみてください。
http://mitpress.mit.edu/catalog/item/default.asp?ttype=2&tid=11890

そしてもちろん今日が名古屋Domina、明日は渋谷MODULEでのKode9のDJです。Funkyあたりも織り交ぜつつ前回来日時とはまた異なったプレイになるとのこと。ハコ内に極悪なEar Worm/Unsoundが飛び交いまくること必至なのでこちらも要チェック。


*レクチャー終了後、近所の中華料理屋その名も「中国食堂」("Unsound System"並みのいさぎよいネーミング!実はうちのマンションの裏)にて。Kode9は日本茶マニアでウーロン茶で乾杯(ペットボトルの緑茶が特にお気に入りの模様)。絨毯爆撃のような怒濤の大皿料理に驚きつつも、味にもご満悦でようござんした。ちなみに偶然にも残った全員が知り合いで、Steve氏帰宅後もアート周辺のネタを滔々と議論してましたな。K條氏写真&当日ヘルプサンクスです。

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Thanksgiving to Steve/nin9 and all participants

Open Lecture "Sonic Warfare : sound, affect and the ecology of fear" by Steve Goodman aka Kode9 finished with some pleasant feedbacks from all of you joined to the event that night. Steve/Kode9, and me myself of course, was very glad to have this valuable chance to talk about some of his key concepts mentioned in his forthcoming book "Sonic Warfare" maybe for the first time in Japan.

I'd like to thank all of you participated in spite of the bad weather and my late announcement, and for your listening to his lecture patiently even with my consecutive mal-interpretation - maybe it was "unsound"?

I will summarize and introduce some of his concepts later in this blog like :

- Sonic Warfare
--+ Sonic Weapon
----+ kind of "sonic camouflage" experiments by 23rd division of US Army during WWII
----+ "Wandering souls/ghosts" during the Viet Nam War
----+ "Apocalipse Now" by Francis F. Coppola
----+ LRAD (Long Range Acoustic Device) used in Iraqi War
--+ (Micro) Politics of Frequency
----+ Mosquito (as )
----+ Ultra-low frequency deployment for military/police uses

- Audio virology
--+ Affective contagion/ Affective tonality
--+ Audio virus
----+ 2 symptoms after contagion to the audio virus
------+ Cognitive Itches
------+ Stuck Tune Syndrome
----+ Sonic branding / Sonic logo by private companies like Intel
----+ Ecology of Ear worm / contagion of hook of pop song or dance crazy in dance floor

- Unsound
--+ double meaning of Unsound
----+ in daily usage in english language / politically "bad" sound
----+ Unsound as no-sound
------+ peripheries of auditory perception / inaudible sound
------+ the unactualized nexus of rhythms and frequencies within audible bandwidths
--------+ reappropriation of unsound by artists and musicians to create new aesthetic experience

At last but not least, Thank you again Steve for giving this challenging experience during your hectic tour schedule. respect. h4nz