6/04/2009

Steve Goodmanレクチャー・サマリー : 01_Sonic Warfare and Micro Politics of Frequency

以下は5/28に行われたSteve Goodman aka Kode9によるレクチャーの同時録音を、テープおこしならぬWAVおこしして要約したものの前半(1/2)になります。当日の逐次通訳で損なわれてしまったニュアンスもなるべく再現するように心がけていますが、あくまでも完訳ではなく抄訳/要約になりますのであしからず。
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■ Introduction : "9 Samurai" by Kode9 & the Spaceape (Hyperdub, 2006)


近刊 “Sonic Warfare : sound, affect and the ecology of fear"に関して

過去数年間にわたって書き続けてきたこの本は、サウンドシステムが人々の情動を変調させる(modulations of the affect)ためにどのように用いられ、動員されるのか、別の言い方をすれば、端的に音が人々の感じ方をどう変えるのかということに関する事例を広汎に調査し、探究するものになる。

気分を変えるため一人で家で音楽を聴いてリラックスするというような個人の主体的な感情/ムードの調整のためだけではなく、より重要な点は、建築的な空間や都市空間における集合的な、いわば大衆的行動の操作や管理のためにも音楽、そしてより広く「音」は政治的なやり方で用いられるということだ。多様な音の用法の中でもとりわけ、好ましくない振動(bad vibes)を生み出し、人々を不快に感じさせたり、行動を矯正したりするような用法を本書では主に取り扱う。それは音をめぐるマイクロ・ポリティクス、あるいは情動のポリティクスとも呼ぶべきものになるだろう。


いくつかのキーコンセプト

"Sonic Warfare"
では多くの人々にとって馴染みのないいくつかの概念が使われるので簡単な説明が必要になるだろう。

まずタイトルでもある
"Sonic Warfare"について。これは後に紹介する映画"地獄の黙示録(Appocalipse Now)"のモデルとなったベトナム戦争時の米軍の"Wondering Souls"作戦、さらに遡れば第二次世界大戦中の音響カモフラージュの研究など、字義通りの音の軍事的利用は当然として、"Politics of Frequency"などのタームを用いて考える都市空間における日常生活の中での音響的な管理/周波数の動員などの総体を指す言葉でもある。

ラッパーやミュージシャンの歌詞やリリックのメッセージ内容の「政治性」よりも、むしろ意味性を介さずに、可聴範囲内/外の音を用いて人々の身体性に直接的に介入してくるような音の使用法こそが"(Micro)Politics of Frequency"とも言うべきものだ。

これらに付随する概念として、"Affective Tonality" (*訳注1) がある。映画音響、特にホラー映画においては、音響的なトーンのコントロールによって人々の情動に直接はたらきかけ、Affective Tonalityをデザインするようなことが日常的に実践されている。これは後の"Appocalipse Now(地獄の黙示録)"の映像/音響の構成を例にすると理解がしやすい。

(*訳注1 : affective tonalityには定まった訳語が見当たらないが、仮にthe Wire Magazine上でのKode9のインタビューにおける彼の言及を引用しておく。affective tonalityは認知科学などでも用いられるタームだが、この場合端的に「情動の調性」でも問題ない気もする。"So I was kind of interested in the way sound is used to change the way people feel particularly in relation to fear. It happens in film all the time, most obvious example, where a certain tonality, a certain musical tonality creates an affective tonality, or a mood or a vibe, in the audience. It’s the meat and potatoes of film sound design. Manipulating mood using tone.
")

このような音響技術の動員によって、
"Affective Contagion"、すなわち情動の感染ともいうべき事態があらわれてくる。いかに音の聴取によってもたらされた恐怖心や驚きなどのような感情が人々の間に拡がっていくのか。音響的な経験による集団の情動のモジュレーションを考える上で"Audio Virus"の振る舞いを観察・記述すること、つまり"Audio Virology"、オーディオ・ウィルスの生態学という視点が有効になる。

アナログ・ミュージックの伝統文化においても、古くからコードの転用などの技術的な側面に限らず、情動の感染とも呼ぶべき事態は観察された。しかし特に
サンプリング技術以降のディジタル・ミュージック・カルチャーにおいては、特定のブリープ音、ベースライン、声ネタなどが、あるファイルから別のファイルへと組み込まれていき、人々の聴取の対象として増殖していく。そしてmp3ファイルをはじめとするさまざまな音楽データがネットワークを介して転送されるとき、アップロードされた一つのオリジナル・ファイルがすぐに1500もの複製を生み出すことも可能であり、生物学的なウィルスと比較しても、限りない複製と加速された拡散が容易に可能である現在の環境は、Audio Virusにとって非常に伝播性の高いものになっていると言える。


"Appocalipse Now (地獄の黙示録)" Francis Ford Coppola, 1979



90年後半に"Sonic Warfare"というコンセプトを形成していくきっかけとなったのがフランシス.F.コッポラ監の"Appocalipse Now (地獄の黙示録)"における米軍による音響の軍事的利用のシーン。ラウドスピーカーを搭載したヘリコプターが轟音とともに現れ、熱帯雨林の村落で生活する人々の頭上に、全く彼らとは無関係な19世紀後半のクラシック音楽であるワグナーの"ワルキューレの騎行"が「爆撃」される。音響効果によって恐怖心をインプラントしている典型的なケースだ。

もちろんフィクションとして脚色されたものではあるが、これは監督の完全な創意というわけではない。このシーンのベースとなっているのは、実際にベトナム戦争の際に米軍が行った
"Urban Funk""Wandering Souls/Wandering Ghost"といった軍事作戦だ。この心理戦で米国空軍は森林に潜むヴェトコンに対して、戦場で殺された同胞のヴェトナム兵たちのさまよえる魂(wondering soul)が共産主義の思想を捨てて戦闘態勢を解除し、西側陣営へ投降するように諭すという内容の録音物を作り、実際にヘリコプターに積み込んだラウドスピーカーから照射した。この録音物には「投降せよ、さもなくばお前たちもすぐにこいつらと同じような寄る辺のない亡霊にしてやる」というニュアンスも含まれており、結果としてはヴェトコンは投降の呼びかけというよりも挑発として受け取ることになった(ここで作戦で実際に用いられたテープからのフッテージが流される。多重録音されたヴェトナム語の呼びかけや、合成された亡霊の声)。

次の事例は第二次世界大戦中の米陸軍第23特別部隊(通称Ghost Army)の記録映像。この特殊部隊はビジュアル・アーティストや音響アーティスト/無線技師などによって構成され、戦場における視覚的/音響的なカモフラージュの作戦を行っていた。たとえば実際に戦地でのタンクの進軍や砲弾の発射その他の活動を録音し、それらをミックスアップすることで目的に応じた音響的状況のレコードを作成して(レクチャーで紹介されたフッテージでは三台のターンテーブルで同時に異なる録音をミックスするという
Christian Marclayもびっくりの光景が!)、最大15マイル先まで音が到達する特殊なラウドスピーカーで照射することによって、あたかも実際にその出来事が起こっているかのような心理的な効果を生み出し、敵軍を撹乱することに用いていた。このようなSonic Weaponの事例は、先のイラク戦争におけるLRAD(Long Range Acoustic Devices)の使用などにも見られる。

Politics of Frequency

以上のような字義通りの戦争への音響兵器の動員のリサーチを経て、Steve Goodmanの関心は日常の都市空間における
市街地戦=音響をめぐるマイクロ・ポリティクスへと向かう。たとえばその一つの局面が、先日東京都足立区も区立公園の夜間の管理に採用したMosquitoである。もともとはネズミなどの害獣除けのために開発された技術だが、ほとんどの人が不快に感じる8K(8000)Hzから、20代前半までの若者にしか聴こえないとされる17KHz以上の高周波の発信音を選択的に用いることで、目的に応じた年齢層に対して音響的な撃退効果を発揮する装置としてこの数年間でUKからアメリカ、イスラエル、そして日本でも商業的に成功している環境管理型音響装置である(「Mosquitoは本来動物駆除用につくられたものだけど、いまやその動物とはティーンエイジャーに他ならない。」レクチャー会場ではここで、8000Hzから22,000Hzまでのサインウェーブを段階的に鳴らしてみる)。

この装置の使用に関するポリティカリー・コレクトネスに関してはひとまず措くとしても(この点は後に"Unsound"という概念で再考される)、ひとつ面白い現象として紹介したいのは、イギリスの学校の教室で、子供たちが授業中に彼ら同士のあいだでテキストメッセージを交換するときに、メッセージ着信の呼び出し音(ring tone)をこのMosquitoで用いられるような高周波に設定してやりとりすることで、教師にその音/コミュニケーションのサインに気づかれることなくコミュニケートしているというものだ。子供たちはMosquitoという装置の基礎となっている現象とその技術的実装(軍事力/警察力/コントロールの技術としての高周波)の本来の用途を換骨奪胎し、彼ら自身のコミュニケーションという目的のために最適化(reappropriate)してしまっている。

MITからの"Sonic Warfare"の中では、アーティストやミュージシャンによるこのような、政治的な文脈から芸術的な文脈への音響装置/音響の動員の技法のreappropriationについても扱うことになる。詳細は次回に述べるが、彼の関わったサウンドアート作品"Unsound System"もそのようなパースペクティブで理解されるべきだろう。

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次回、レクチャー後半の抄訳/要約として"02: Audio Virology and Unsound System"をアップしますのでしばしお待ちを。